地上の敵との交戦が一段落し、再び宇宙へと上がることになったαナンバーズ。
　Ｇアイランドシティーの発着所は出発準備で大忙しだ。
　アルビオン、マザーバンガード、そして大空魔竜。
　独特の形状をした宇宙艦を３隻も打ち上げようとするとなると、その慌ただしさは３倍どころか９倍近くにもなる。
　そして、そういう時にこそ、敵という者は現れるのである。
　こちらの都合なぞ考えもせず。







　「大丈夫？　凱兄ちゃん」
　「ああ、護のおかげで大分よくなった」
　ＧＧＧの誇る勇者、獅子王凱。しかしサイボーグである彼の体は完全とは言えず、時折このように調子を悪くすることがあった。
　原因は生身の部分と機械体である部分との不整合である。
　絶大な情報処理能力を持つＧストーンであるが、人類はまだこの奇跡の石を完全に使いこなしているわけではない。
　浄解能力を持つ護には、何故か暴走し、制御不能になったＧストーンの力を沈静化する力もあった。そのおかげで凱の感じる苦痛は格段に低くなったが、運動能力の方はまだ十分に回復していない。
　「こんな時に寝ていなきゃならないとはな……」
　そうつぶやく凱であったが、ふとそんな自分を見つめる悲しげな瞳に気がついた。
　「……すまない、命」
　「そうだぞ、凱兄ちゃん。きっと長官なら、『休める時には休むのも勇者の務めだ！』とか言うんじゃない？」
　「ははは、そうかもな」
　「そうよ、凱。今はあなた一人だけで闘っているんじゃない。αナンバーズのみんなも一緒に戦ってくれているんだもの。凱だってほかのみんなが傷ついて倒れたら当然庇うでしょう？　だとしたらあなたが傷ついた時はきっとみんながあなたを守ってくれる。私達はそうやって、助け合ってここまで来たんじゃない？」
　「ああ、命の言うとおりだ」
　凱も治療用のベッドに横たわったまま、力強く答えた。
　「傷ついた体で無理をして出て行ったとしても、かえってみんなに迷惑を掛けるだけかもしれん。それが必要なことならためらいはしないが、そうでないなら、今の俺が為すべき事は早く体を元のように動かせるようにすることだ」
　「そうよ、凱。だからしばらくは無理しないで安静にしていてね」
　「そうさせてもらう……！」
　凱の言葉は、激しい警報の音によって断ち切られた。
　「敵かっ！」
　思わず起きあがろうとする凱。だが彼の鋼の体は、彼の意志を裏切って激しく抵抗した。
　「ぐうっ！」
　「凱、無理しちゃダメ！」
　命は苦しむ凱を何とかベッドに寝かしつけた。
　「しかし……」
　「無理をするな」
　そこに突然、第三者の声が割って入った。
　「ゼンガーさん……」
　第三者……ゼンガー・ゾンボルトは、重々しい声で凱に告げた。
　「襲ってきた敵はハニワ幻人と戦闘獣の混成部隊だ。どうやら邪魔大王国の残党とミケーネ帝国が手を結んだらしいな。あるいは利用されているか。ジーグとグレートマジンガーが真っ先に飛び出していったぞ。数もそれほど多くはないから、まあ５分もあれば殲滅してくるだろう」
　「そうですか……でもゼンガーさんは何故ここに？」
　不思議そうに聞く凱に、ゼンガーは言った。
　「邪魔大王国の残党がいるという事は、おそらくあいつもいるはずだ」
　『あいつ』の部分に、やけに力がこもっていた。
　「だが、今襲ってきている敵の中に、やつの姿はない。となればおそらく、こちらが今出ている敵を殲滅して気がゆるんだ隙を突いてくる。そう思ってな。だからあえて待機させてもらっている」
　合流してまだ日が浅い凱達は、その辺の詳しいことをまだよく聞いてはいなかった。
　「ここに寄ったのもついでだ。何でもグルンガストやガオガイガーをパワーアップするためのパーツがアメリカから届いたとかで、今参式はこちらにあるからな」
　「そういえば博士が言ってました。アメリカ支部やテスラ＝ライヒ研究所からの荷物が届いたって」
　命は今朝方搬入された大きな荷物を思い出していた。
　「邪魔したな。そろそろ動きがある頃だ」
　命が荷物のことに気を向けた隙に、ゼンガーはいつの間にか立ち去っていた。







　ゼンガーが参式のコックピットに搭乗するのとほぼ時を同じくして、襲ってきた敵は全滅した。
　その間、時間にして約五分。
　防衛のために出動していた部隊は、大急ぎで各自の母艦へと戻っていった。打ち上げまでにはまだ時間があったが、補給と整備の時間を考えるとそれほど余裕はない。
　しかし、予測された敵の第二陣はなかった。
　（考えすぎたか……？）
　一瞬そう思ったゼンガーであったが、すぐさまその考えを頭から振り払った。
　（いや、ククルはそれほど甘くはない。ならば何故？）
　だが、その答えが出る前に、時間の方が尽きた。
　「ゼンガー少佐、準備が整いました。直ちに大空魔竜に搭乗してください」
　「了解」
　そう答えたものの、ゼンガーはまだ考えていた。そして、Ｇアイランド地下を出て、大空魔竜の搭載用エレベーターに機体を乗せた時、出し抜けに正解に思い当たった。
　（……今か！）
　とっさにゼンガーは待機状態にあった機体を、戦闘状態に切り替えた。
　まさにその刹那、突然の攻撃によりエレベータのワイヤーが切り捨てられ、グルンガストは大きくバランスを崩して落下した。
　「なんのっ！」
　だがゼンガーは卓越した操縦技能によって、落下によるダメージを最低限に食い止める。
　「ふふふ……流石にこの程度の奇襲には掛からぬか、ゼンガー・ゾンボルト」
　「現れたなククル！」
　どこから現れたのか、そこにはククルの操るマガルガが立っていた。
　ゼンガーの声に、押さえきれない憤怒が混じる。
　「だが今は、まずその戦艦を落とさせてもらおうか。今ならたやすかろう」
　しかしククルは、ゼンガーを無視して背後の大空魔竜へと襲いかかっていった。
　「我が舞いを受けよ、魔竜！」
　「させるかっ！」
　とっさにゼンガーは参式をククルと大空魔竜の間に割り込ませる。
　だがその瞬間、
　「掛かったな、ゼンガー！」
　ククルの攻撃は、狙いすましたように参式へと食い込んでいた。
　「ぐはっ！」
　防御を外され、大ダメージを負う参式。
　「ははは……やはりそう動いたか、ゼンガー！　その艦を狙えば、お前のことだ、必ずそう動くと思ったわ！」
　しかしゼンガーは、いつもと変わらぬ声音で言った。
　「それはこちらの台詞だ。ククル！」
　「何だと？」
　そういわれて改めてゼンガーの方を見るククル。と、何故か倒れ伏すその姿に、奇妙な違和感を感じた。
　その瞬間。
　天からの雷がマガルガに突き立った。
　左腕のあたりが爆発し、その衝撃でマガルガはよろめいた。
　「な、何事……これは！」
　天から落ちてきた斬艦刀が、マガルガの腕を切り裂いていた。



　「どちらを狙った攻撃であるにせよ、俺があえてそれを受ければ、貴様の動きはその場で止まると踏んだが、案の定だったな」
　大きく傷つきながらも、参式が立ち上がる。
　「みんな、今のうちだ！　宇宙へ上がれ！」
　「しかし、それでは少佐が」
　「かまわん！　俺は後から追いかける！　お前達はお前達の任務を果たせ！」
　しばしの逡巡があったものの、背後から天地がひっくりかえるほどの轟音が上がった。
　「これで良し……」
　天高く消えていく３機の母艦。それを見送ったゼンガーは、改めてククルのほうに注意を向けた。
　爆風ではじけ飛んだ斬艦刀を拾い、改めて構える。
　「止めだ。ククル、覚悟！」
　その言葉とともにゼンガーは斬艦刀の柄を引き、戻す。流体金属の刃が形成され、文字通りの『斬艦刀』が、倒れているマガルガに振り下ろされる。
　だが、その刃が届く瞬間、
　「私の勝ちだ、ゼンガー！」
　マガルガの『左手』が動き、斬艦刀をはねのけた。
　「！」
　ゼンガーは、マガルガの手が刃に触れたその一瞬、あまりにも独特の反動を、その巨大な刃からのフィードバックとして受け取っていた。
　「この手応え……そして再生しているその手……マシンセルか！」
　「よく見破ったな、その通り。今のマガルガはマシンセルの力によって、不滅の機体となっている！」
　「くっ……さてはアースクレイドルを襲ったのもそれが目的か！」
　ゼンガーの台詞に、再び憤怒の炎がまとわりつく。
　「その通り。ヒミカはそれを用いて奪い取った後の地上環境を再生するつもりだったようだがな」
　「おのれ……！」
　再び振るわれる斬艦刀。だがククルは……マガルガはその刃をよけようともしない。
　当然のごとく巨大な刃はマガルガに食い込んでいくが、刃が通り過ぎた時点ですでにその傷は修復されていた。
　「無敵のままというのは無粋故、最初は使わなかったが、さすがよのう。しかしもはやお前に勝ち目はない。生玉、足玉！」
　マガルガはマシンセルのきらめきをまといながら舞った。
　「布留部、由良由良と布留部！」
　「ぐあっ！！」
　マガルガの黄泉の舞いは、参式の右側を大きくえぐり取っていた。
　「グルンガスト参式右腕大破！　斬艦刀ロスト！」
　「いかん、何とかならないか！」
　ＧＧＧビッグオーダールームでこの闘いを見守っていたＧＧＧスタッフは、何も出来ない自分に歯がみをしていた。
　その時。
　「俺が行きます！」
　「凱！」
　我等が勇者が、そこに立っていた。いや……立とうとしていた。
　未だ自由にならない体を、意志の力だけでねじ伏せ、動かしながら。
　「ガイガーで出ます……ファイナルフュージョンの用意をしておいてください」
　「ムチャよ！　確かにファイナルフュージョンのプログラムはほぼ完成しているけど、それはあくまであなたが完全であっての話よ！」
　泣きながら命が言う。そんな言葉で凱の心が変わることはないと知りつつ。
　「初めての時と同じだ。足りない分は、勇気で補うっ！」
　「ならばもはや言うことは無いっ！　行きたまえ、凱君！」
　長官も凱に負けず劣らず大きな声で言った。
　そして通信をゼンガーに繋ぐ。
　「ゼンガー少佐！　今から我らの勇者が救援に出る！　何とかもう少しだけ持ちこたえてくれ！」
　だがその返答は、あまりにも彼らしいものであった。

　 「無用！」







　「無用！」
　その言葉とともに、右腕と右肩をそっくり失った参式は、それでもなお立ち上がった。
　「ほう、まだ立つか。大した執念よの……ならば此度は、その執念を断ち切ってくれん！」
　再びマガルガが舞う。だが今度はゼンガーが動いた。
　残された左腕が、舞うマガルガの、背中の一点に突き刺さる。
　その手には、ドリルブーストナックルの先端となる、巨大なドリルが装着されていた。
　「俺を甘く見るな、ククル……不死身などとほざいていたが、貴様はまだそのマシンセルを御し切れてはいまい！　そして貴様の機体に装着されたマシンセルのコントローラーは、ここにあるはず！」
　直後、マガルガの姿が、爆発したかのようにふくれあがった。



　「暴走？　まずい、このままでは！」
　ククルはソフィアに命じてこのシステムを装着させた時、彼女が言っていた言葉を思い出していた。

　『お望み通りにしたわ……ただ、まだこのシステムは完全ではない。もしこの制御装置が破損したら、マシンセルの増殖作用が暴走する恐れがある。そうなった時はためらわずに制御装置を外装ごとパージして。そうすればじきに収まるわ。でももしそうしなければ、このマガルガ自身が暴走したマシンセルに飲み込まれることになるわよ』

　ククルにはそれが嘘やハッタリには思えなかった。彼女が取り付けた、パージ用の爆破装置。それの威力を少し上げておくだけで、マガルガ自身に致命的なダメージを与えることが可能になろう。
　だが、何故か彼女は、ためらわずにそのシステムを起動するボタンを押していた。



　パージシステムは彼女の言葉通りに作動した。小さな爆発と共に装甲の一部が除装され、マガルガは無秩序に増殖するマシンセルの固まりから逃れた。
　だが。
　ククルも、そしてソフィアも予想していなかったトラブルが発生していた。



　「これでどちらも手負いの身となったか。いざ、決着を……むっ？」
　ククルは目の前の光景を見て、思わず愕然とした。
　暴走したマシンセルが、グルンガスト参式に取り付いていた。
　まるで角砂糖に炎を近づけでもしたかのように、端からぐずぐずと崩壊していく参式。
　参式はマシンセルに喰われていた。
　「なんと……」
　ククルの口から、悲鳴にも似たおののきが漏れていた。
　一方、ＧＧＧメインオーダールームでも。
　「ゼンガー少佐！」
　「イケまセーん！　暴走シたマシンセルは、ドうやら参式を分解シて増殖シているようデース！」
　「このままだと参式が食い尽くされるまで、後１０分です！」
　火麻からも、スワンからも、猿頭寺からも、悲痛といえる叫びが上がっていた。
　「猿頭寺君！　何とかマシンセルの増殖を止められないのかね！」
　大河長官も、なすすべもなく崩れ落ちようとしていく参式を見つめていた。
　「くっ……俺は、何も出来ないのか……ぐっ」
　凱も拳を握りしめた。そのテンションの上昇に影響されてか、凱のＧストーンもバランスを崩しがちになる。
　「落ち着いて、凱兄ちゃん！」
　護が慌てて凱に寄り添った。護の放つ緑の波動が、凱のＧストーンを沈静化させていく」
　「すまん……護」
　「慌てたって何にもならないよ。何とかしてゼンガーさんを助けないと。イルイちゃんだって悲しむよ」
　「そうだな」
　その時、その様子を見ていた猿頭寺の頭にあることがひらめいた。
　「長官！」
　「どうしたね、猿頭寺君！」
　「制御中枢です！　今少佐の参式に取り付いているマシンセルは、制御中枢が失われたがために暴走しています。ならば何か代わりの制御中枢を与えてやれば、暴走を止められるかもしれません！」
　「なるほど！　だがそんな便利なものが用意できるのか！」
　「あくまで可能性ですが……Ｇストーンなら、代替が利くかもしれません！」
　「その手があったか！」
　獅子王博士も思わず大声で叫ぶ。
　「本当に一か八かじゃが……幸い今ここには、ガオガイガーの対宇宙用強化パーツとして用意されていた、ステルスガオー２がある！　あれにはＧＳライドを用いたウルテクエンジンが積まれているから、それを丸ごと食わせてやるんじゃ！」
　そして獅子王博士は護の方を見る。
　「護君、そうなればおそらく、君の放つ波動でマシンセルの暴走を沈静化できるはずじゃ。凱のＧストーンの暴走を沈めたように、少なくとも止めることは出来ると思われる」
　そして大河長官は決断した。
　「失敗して無駄になるかもしれんが、手をこまねいていては少佐は絶対に助からん！　ならば万に一つであっても、その可能性に賭けよう！　出撃だ！」








　「哀れなり……まさかこんな形で決着が付くことになろうとはな」
　ククルのつぶやきに、返事は帰ってこない。
　「ならばせめて……この手で千引の岩へと導いてくれようぞ！」
　そしてククルがその手を振り上げた時であった。
　「まてっ！」
　そちらを振り向くと、背に巨大な翼を背負った銀色の人型と、緑に輝く羽の生えた少年が、目の前の基地から飛び立つのが映った。
　「敵討ちというわけか……まあよい」
　ククルはそちらに向き直り、身構える。
　だが彼らは、ククルの予想を越えた行動を取った。
　「何……まさか、突っ込んでくるというのか！」
　何という無謀な、と思いいつつ、ククルは慌ててその場から離れた。そして黒い翼が地面に激突する瞬間、銀色の人型は翼を分離して地に降り立った。
　そしてそのためほんのわずかに進路の変わった翼は、グルンガスト参式に、ものの見事に激突した。
　「あ奴等……一体何を」
　ククルは茫然としたまま、その様子を眺めていた。だがそれが何を意味するのかは、すぐに判明した。
　激突した黒い翼にも、マシンセルは貪欲に襲いかかった。いや、その翼の持つ何かに触発されたのか、暴走は更に加速し、その質量を増したマシンセルは、あっという間に参式を覆い隠さんばかりになった。
　そして……
　「今だ、護君！」
　「はいっ！」
　長官からの合図に合わせ、護の体から、浄解時に発せられるのと同じ、緑色の波動が放たれる。
　そして奇跡は起きた。
　マシンセルの山の中から、護の波動に応えるような光が発生しはじめた。それはマシンセルにしみこむようにだんだんとその光量を増し、それに伴ってマシンセルの動きが、少しずつ収まりはじめた。
　「マシンセル反応鈍化……成功です！」
　「うむっ！」
　力強く長官もうなずく。
　だが、奇跡の始まりはこれからだった。



　「まさかこういう最期になるとはな……」
　参式のコックピットの中、すでにゼンガーは身動き一つ出来なかった。増殖したマシンセル群はコックピットの中にも容赦なく入り込み、すでに首から下は埋まっている。
　顔の周辺に隙間があるのが不思議なくらいだ。
　頬が圧迫されるような感じからすると、コックピット内から逃げ損なった空気が、ちょうど気泡になったようであった。
　だがいずれにせよ、このままでは窒息死は免れない。
　「出来うることなら、闘いの中で前のめりに倒れたかったのかだがな」
　酸素が不足してきたのか、ぼんやりとした頭でそんなことを考えた時、不意に呼吸が楽になった。
　「……むっ？」
　周囲のマシンセルが、エメラルド色に輝きはじめた。全身を締め付けていた圧力が、それに伴ってほんの少し弱まる。
　それと同時に、外の音声が聞こえてきた。



　「何をしたのかは判らぬが……どうやらお前達は、ゼンガーを救おうとしたようだな」
　「ああ、そうだ。ククルとか言ったな！　ゼンガー少佐は、この俺が殺させはしない！」
　凱の気迫が、一段と増大した。そして同時に伝わるシグナル。
　「凱よりファイナルフュージョンの要請です！」
　「よし、ファイナルフュージョン、承認！」
　「ファイナルフュージョン、プログラム・ドラアィィィィブ！」
　命の手がアクリルカバーをたたき割ると同時に、ファイナルフュージョンのプログラムは起動した。
　ククルは突如煙か霧のようなものを吹き出した凱に驚き、その場から更に距離をとった。その間にその霧の内部では、３機のメカが集結し、一つの巨大な姿へと変貌していた。

　「ガオ・ガイ・ガー！」

　凱の叫びと共に、傷ついた参式を守るべく、勇者王はここに降臨した。



　「ゼンガーを守る、か。よくぞ吹いたものよ」
　「仲間を守る事のどこがおかしい！」
　凱の叫びを、真っ向からククルは受け止める。
　「貴様なぞに話しても解るまい。まあゼンガーも、この場で死んでいたらさぞ悔いが残ったであろうからのう。何しろ黄泉平坂を越えても、守るべき女には会えぬのじゃからな、ほほほほほ」
　「なにっ」
　その言葉は凱よりも、むしろ獅子王博士や大河長官に衝撃を与えていた。
　「何じゃと！」
　「ということは……ソフィア博士は、まだ生きているというのか！」
　「そういう事じゃ。哀れよのうゼンガー、汝の思い人は、我が手の内にあったというに」
　その時であった。
　みしり、という音がＧアイランドシティに響き渡った。
　「な……迷ったか、ゼンガー！」
　「うおっ！」
　ククルも、凱も、闘いを忘れて見入ってしまった。
　沈静化していたマシンセル群が、再び動き始めていた。
　その動きに、暴走時のような、危険なイメージはない。
　少しずつ、確実に、それは形を変えはじめた。
　そして響く、声。
　『……生きているというのか、ソフィアは。答えろ、ククル！』
　「ゼンガー！」
　ククルの口からも、驚愕とも、衝撃とも、あるいは……歓喜とも取れる叫びが発せられた。







　『何しろ黄泉平坂を越えても、守るべき女には会えぬのじゃからな』
　その声が耳に入った瞬間、ゼンガーの魂は沸騰した。
　全身にすさまじい力がみなぎる。
　この状況で、ククルが偽りを言う理由はどこにもない。ならば……ソフィアは！
　ゼンガーの心から、一切の雑念が消えた。
　ソフィアが生きている。敵の手にとらわれている。ならば。
　立て！
　討て！
　そして救え！　ゼンガー・ゾンボルト、悪を断つ剣、ソフィアの剣よ！
　「うぉおおおおおおっ！」
　ゼンガーは、吠えた。
　そしてその叫びに呼応するかのように、マシンセルはその姿を変えはじめた。



　「わっ！　わっ！　わっ！」
　退避していた護も、その光景に目を見張った。
　沈静化して砂山のようになっていたマシンセルの中から、何かが立ち上がろうとしていた。
　現実には違ったが、護の目にはそう見えた。
　それはだんだんと人の姿のようになっていった。
　背中に翼を持つ、グルンガストの鎧を着たような人物に。



　「これは、まさか……ゼンガー少佐の意志に、Ｇストーンが反応しているのか！」
　「博士、というと？」
　長官の問いに、マシンセルの変形を注視しながら獅子王博士は答える。
　「うまくいきすぎたかもしれん、という事じゃ」
　やがてマシンセルから、うっすらと緑の色が抜けていった。
　そこに存在していたのは、暴走する砂ではなかった。
　グルンガスト参式によく似た形の鎧をまとい、
　その背にステルスガオーのような翼を負った、
　全長６０ｍの、ゼンガー・ゾンボルトそっくりの顔をした鋼の巨人であった。







　突如視界が開けた。暴走マシンセルに埋もれ、動かなかった手足も自在に動く。
　何故かは理解できなかったが、今のゼンガーにはどうでもいいことであった。
　「……生きているというのか、ソフィアは。答えろ、ククル！」
　その問いを発することの方が、彼にとっては大切であった。
　「ゼンガー！　何という執念……まさか暴走したマシンセルを、己が物にするとは！」
　つぶやくようにククルが答えたが、それは彼の知りたい答えではなかった。
　「答えろ！　ククル！」
　何故かククル……マガルガを、ゼンガーは子供を見ているかのように見下ろしていた。
　そしてククルは答えた。
　「その通りだ。女は生きている。我が手の内でな」
　「どこだ。どこにいる！」
　「教えると思うたのか、ゼンガー」
　ククルの声には、哄笑が混じっていた。
　「だろうな」
　ゼンガーも肯定する。
　「ならば、その身に聞くのみ！」
　彼はその時、無意識的に右手を伸ばした。
　すると、どこからともなく緑色の光がきらめき、それに引かれるように、ふわりと浮かび上がった物があった。
　それは静かに、ゼンガーの手の中に収まった。
　参式斬艦刀であった。
　「ククル、覚悟！」
　その時初めて、ゼンガーは違和感を感じた。
　動きが、よすぎる。
　まるで自分が巨大化して、剣を振るっているかのように。
　そのせいか、ほんの少しだけ、切っ先がぶれた。
　巨大な剣は、わずかにマガルガから逸れた。



　ククルは冷や汗が出るのを止められなかった。
　グルンガストとは動きが全然違う。
　それはマガルガを操縦して舞うのと、自らの肉体で舞うのとぐらいの差があった。
　今は相手が外した。だが次はない。
　あの速度と技量で狙われたら、躱すことは不可能である。
　だが、まだ死ぬわけにはいかない。
　無粋とは知りつつ、ククルは言った。
　「ゼンガー、我を殺せば、女の居場所は永遠に解らぬぞ！」
　その言葉に反応したかのように、ゼンガーの動きが止まった。
　だが。
　次の瞬間、それは最悪の結果となった。
　『クォォォォォォォッ！』
　巨大なゼンガーの口から漏れたのは、意味不明の叫びであった。



　護は戦慄した。
　つい今まで感じられたゼンガーの息吹が、突然真っ赤な怒りに塗りつぶされた。
　目の前の巨大なゼンガーに、その怒りが伝播していく。
　「長官！　凱兄ちゃん！　大変だ！　ゼンガーさんが、暴走している！　ちょうど僕と凱兄ちゃんが初めて会った時みたいに！」



　「何だって！」
　凱もまた戦慄していた。
　自分の２倍近い大きさの巨体から、突如凱の気すらおかしくさせるような、巨大なプレッシャーが発生したからだ。
　そこに入る護からの通信。
　「少佐……怒りに、飲み込まれたのかっ！」



　「いかん！　このままでは！」
　獅子王博士も、豹変した巨大ゼンガーの様子に戦慄していた。
　「長官、彼を止めないと大変なことになるぞ！」
　「危険なのか！」
　「うん。どうやらＧストーンが彼の精神に同調してしまっているようじゃ。一種の過剰同調じゃな。彼の怒りの思考がＧストーンに流れ込み、それが増幅されて彼の元に戻っている。いわば怒りのハウリング状態になっているんじゃ。力ずくでも彼を止めないと、彼の心が壊れてしまいかねん！」
　「凱君、聞いたな！」
　「ああ！」
　力強い返事がかえってくる。
　「凱、今の少佐には敵味方の区別など付いてはおらんだろう。ククルへの攻撃を邪魔する物は、すべて敵と見なされる。なんとしても彼を止めるんじゃ！」
　「破壊もやむなし、ですね」
　「うむ、だが」
　そこで獅子王博士は、少し言いにくそうに言葉を繋いだ。
　「出来うることならば単純に破壊するのではなく、ゾンダー核の摘出と同じ要領で、彼をコックピットあたりから引きはがすのが一番確実じゃ。だがゴルディーマーグは、すでに宇宙へと上がっておる。となると……」
　「答えは一つじゃないですか！」
　「けど、凱！」
　その手段は、確実に凱の命を縮めるほどの苦痛を発生させる。だが凱は言った。
　「俺は……勇者だ！」



　反撃など、思いも寄らなかった。今のククルには、すさまじい勢いで振るわれる刃をよけるだけで精一杯である。
　自分が触れてはいけない部分を突いてしまったことを、ククルは猛烈に後悔していた。
　「くっ……命を惜しんで無粋な真似を犯した報いがこれか！」
　そしてついにククルに、いや、機体であるマガルガに限界が来た。
　脚部が加熱し、回避後の着地に失敗、転倒してしまう。
　そして断罪の刃が、目の前に落ちようとした時だった。

　「プロテクト・シェード！」

　黒い機体より発した光が、刃の速度を鈍らせた。さらに障壁によって逸らされた刃は、自分のすぐ脇へと落ちた。
　ククルには理解できなかった。
　「何故……助ける」
　「別にお前を助けた訳じゃない」
　黒き勇者は、そう答えた。
　「だが今ここで暴走したゼンガーさんがお前を殺してしまったら、二度と彼を元に戻せなくなりかねんからな！　命が惜しければさっさとこの場から引け！」
　「恩には……着ないぞ」
　そういうククルの口調には、思いっきり恩義が籠もっていた。
　マガルガは傷ついた身を引きずりながら、その場を離れた。



　マガルガが去ろうとすると、目の前の巨大ゼンガーから、更に巨大な怒りの波動が巻き起こった。
　「やれやれ、お怒りだな……全く、さっさと正気に戻ってください！」
　そして凱は、自分の２倍近い巨体に、真っ向から立ち向かった。
　両の手が開かれ、そこに巨大な力が集まりはじめる。
　「ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォー……せいやあああああああああっ！」
　そして体の前で組み合わされた手が、巨大ゼンガーめがけて突き進む。
　「ヘル・アンド・ヘブン！！」
　ガオガイガーの両手は、原形をとどめていない参式のコックピットを、もののみごとに引き抜いていた。







　「迷惑を掛けたな」
　コックピット部が分離すると同時に、ゼンガーの怒りは収まった。
　そして自分が何をしようとしていたかも理解していた。
　「怒りにとらわれるなど、まだまだ未熟……」
　そう凱に謝っていると、何故か上機嫌な獅子王博士がこちらにやってきた。
　「ゼンガー少佐、しかしあれには驚いたわい」
　そしてゼンガー達の方を見もせず、そのまま言葉をつづける。
　「信じられん話じゃが、マシンセルによってあの機体は、グルンガスト参式とステルスガオー２を取り込み、それどころか完全に少佐、あなたの神経系に同調したマスタースレーブ方式の機体になっておる。とんでもない点は動作制御だけでなく、感覚に至るまで完全同調しているという事じゃよ。ある種のバーチャルリアリティ的なものじゃ。アイカメラからの映像は視覚に、周辺の音やこちらからの通信は聴覚に、完全にリンクされる。つまりは……」
　「つまりは？」
　凱の相槌に、獅子王博士は目を大きく見開きながら言った。
　「事実上ゼンガー少佐は、あのマシンセル製巨大ロボットを、自分の肉体同然に動かせるという事じゃ。モーションプログラムなど及びも付かない精度でな。まあその反面、残念ながら内部を改造して武器を装着することなどは出来なくなってしまった。モビルスーツのように、外装武器で対応せざるを得まい」
　それを聞いたゼンガーは、ためらうことなく言った。
　「ならばよけいな武器は不要。参式斬艦刀一本で事足りよう」
　「そうかもしれんの」
　獅子王博士は言った。
　「不便かもしれんが、逆に言えば少佐は今までのモーションプログラムにとらわれることなく、あらゆる剣技をあの巨体で振るうことが出来ると言うことになる。よけいな武器は、確かに不要かもしれん」
　「ならば修復は、その線でお願いする」
　「引き受けた。ただ、一つだけ決めて欲しいんじゃがな」
　「何だ」
　「あの機体の名前じゃよ。どう見てもグルンガストとは言えんからの。新規機体として登録し直さねばなるまい」
　「む……」
　ゼンガーには今ひとつ決めかねた。
　その答えをくれたのは護であった。
　「けどさ、見れば見るほどゼンガーさんそっくりだよね、あれ」
　「そういえばそうだな」
　凱もうなずく。
　「じゃさ、おっきなゼンガーさんだからダイゼンガーなんちゃって」
　「おいおい、そりゃないだろ」
　「……気に入った」
　「「……は？」」



　信じられない話だが、偶然誕生したこの機体は、ゼンガーの希望によって、ダイゼンガーと名付けられたのであった。

戻る