第１話　アリエス

１

　レクトの村のはずれに、その祠はあった。祀る者のない祠は荒れ果て、その直ぐ裏にある洞窟には、誰も入れないように厳重に閉めたはずの封印が、すっかり朽ちた姿をさらしている。
　そこに彼はやってきた。細身の身体に、やや女性的な、美少年といってよい顔が乗っている。だがその瞳に宿る暗い眼光が、せっかくの美を台無しにしていた。彼は祠を一別して何かを確かめると、洞窟の方へと足を踏み入れていった。
　不思議な燐光を放つペンダントを手に、彼は洞窟の奥へと進む。やがて行き止まりと思えるところで、彼はあたりを念入りに調べ始めた。
　『でも、何もなかったよ。まっすぐ行って行き止まって、はい終わり。隠し扉なんか、どう見てもないわね。自然に掘り抜いた洞窟だもん』
　今ひとつ信頼ならない仲間の言葉が頭によぎる。彼女の情報は割と確かだが、油断していると上前をはねられる。そう言うことを平気でやる奴なのだ。特に自分は頭はそこそこ有っても力がない。武力で迫られただけで勝ち目はゼロなのだ。
　暗闇の中、苦笑いした彼は、自分の推理が当たっていたことを確信した。隠し扉のたぐいはない。なぜなら、無理矢理土を盛って埋めてあるからだ。見た目には分からないが、周囲と目の前の土の質が、ほんのわずかだが違っている。
　ちなみに、自分では謙遜していたが、これに気が付ける人間は滅多にいない。武力には欠けるが、優れた知力と感覚でそれを補っていた彼ならではである。
　そしてその事実は、ここに封じられた宝があるということを示していた。
　３００年前、一度は全土を統一した英雄王カッシュが使っていた聖剣『エクスカリバー』、聖剣の中の聖剣、最強の『神器』。それがこんな辺境に眠っているかもしれないと知ったのは、探索者仲間の彼女が持ってきた古文書からだった。
　「ねぇ、これ要らない？」
　そう言って彼女は、それを彼に見せた。
　「何だ、これは」
　「宝の地図。それも聖剣の封印場所らしいのよね」
　「そんなもんなら、何で俺に」
　本物ならとっくに自分で行っているはずだ。
　「行ってはみたのよ。でもはずれ。もうあたしには用のない物。でもさ、あんたならまだ要るかもしんないって思って。これはパチモンだったけどさ、なんかまだ手がかりくらいあるかもしんないじゃない」
　要するにリサイクルか、と思いつつも、彼はそれを買った。古文書は虫食いだらけであったが、読み進むうち、彼は震えを押さえることが出来なくなってきた。
　彼女は偽物だと思ったようだが、これ自体はまず間違いなく本物であった。聖剣探索のため、食費を削ってまでして身につけた知識に照らし合わせても、古文書は紛れもなく、当時の英雄王の記録であった。切れ切れに読みとれる地名や人名、紋章なども間違いはない。そしてそれによると、英雄王はこの地に『銘』の入った剣を封印している。剣の銘はほとんど読めなかったが、「……クス……」と「……バ……」という部分は読むことが出来た。剣の神器にはいろいろあるが、今に伝わる伝説の中で、「クス」という語を銘の一部に持つ剣はエクスカリバー以外知られていない。
　賭けてみる価値は、十分にあった。
　「さて、何が出るかな」
　彼は荷物の中から、スコップを取り出すと、正面の壁を掘り始めた。英雄王は晩年、あまりにも力のありすぎた聖剣を、どこかに封じてしまった。何しろ、「次にその剣を手にした者が帝位を継ぐ」と思われてしまったのである。それではせっかく治まった国か再び戦乱に巻き込まれる。そう思っての封印であったが、それが完全に裏目に出た。王の死後、剣と王、その二つを失った国は、確かに後継者争いこそおきなかったものの、自らを支えきれずにあっさり分解してしまったのである。そして聖剣は、伝説の中に姿を消してしまった。
　「けど、それが、ここにある」
　そう信じてスコップをふるう彼の努力は、徒労に終わることはなかった。元の場所から１０メートルくらい掘り進んだとき、スコップは空を切り、その向こうに空間が広がっていることを示したのである。
　あわてて周りを崩し、中に入り込むと、そこには古びた祭壇らしき机が一つ、ぽつんと広い空間の真ん中に置かれていた。
　そしてその机の上には、一振りの剣とおぼしきものがあった。
　「やった……！」
　そう、彼が叫んだときであった。彼は後ろから、何か煙のようなものが立ちこめてくるのに気がついた。
　息を止めようとしたときにはもう遅かった。吸い込んでしまった一息が、彼を急速に眠りへと引き込んでいく。
　「はーい、どうもご苦労様。お宝はもらうわよ、セシル」
　「エリス……きっさまぁ〜〜〜〜あふ」
　怒鳴り声も、おそってきた睡魔にとられ、彼……セシルの意識は、急速に闇の中へ沈んでいった。



　生暖かさと肌寒さの入り交じった、奇妙な感覚とともに、セシルの意識は現実へと戻ってきた。なめらかな快感が、現実へ戻ろうとする意識を阻害する。それでもぼんやりと目をかけた彼の視界に飛び込んできたのは、白い壁と黒い壁、そしてピンクの壁であった。
　（なんだ……これは）
　そう思いつつも急速に焦点の合ってくる視界は、それが何であるかを出し抜けに理解させた。
　それは、女性の尻……それも全裸の、であった。
　「こら……何やってる……エリス！！」
　「ふぇらふぃお」
　くぐもった彼女の声が、セシルの耳に届いてきた。喰らった薬のせいか、まだほとんど体は動かない。声も、蚊の鳴くような声を、切れ切れに出すのが精一杯だ。しかし五感はかなりはっきりと戻ってきており、どうやら自分がほとんど裸に剥かれたあげく、その上に同じく裸のエリスが上下逆にのしかかっていると言うことは理解できた。
　どうやらエリスは、身動きできない自分を犯そうとでもしているらしい。
　「なんの……つもりだ」
　「ごめんね。ちっとばっか薬が間違ってたらしくって」
　股間から伝わるえもいえない感触が消えると同時に、明瞭なエリスの声が響いてきた。
　「薬屋の婆さんに、大の男を傷つけずに眠らす薬頼んだら、どうやらなんか勘違いしたらしくって、こーゆー薬だったみたいなの。おかげであたしも一発抜かないとおさまんなくって。大体いくら誘ってもなびかないあんたがいけないんだぞ」
　「俺を……美形だと……いう……女には……虫酸が走る」
　「でもあたしはそこがいいの」
　そう言いつつエリスは、彼の上で反転すると、身体の中心を、意に反して堅くなってしまった彼のものの上に合わせた。
　「こら、俺はまだ初めてなんだぞ！」
　「え、ほんと？　じゃああたしがお初？　きゃあっ、らっきー！」
　「って、お前も同い年じゃねえか！」
　「あたしは三年前っから経験済みよ〜。そっか、道理でいくら誘っても乗ってこない訳よね〜」
　「おい、やめてくれって」
　「やーよ。あこがれの美少年の初物、今更ほかの女に食わせてたまるもんですか」
　いくら怒鳴っても、彼の童貞は風前の灯火であった。
　（冗談じゃない……）
　セシルだって健全な男だ。そう言うのに興味がないわけではない。だが彼の脳裏にはまだ、妹を連れ去られた夜のことがくっきりと残っていた。犯し、犯されるようなのは、まっぴらごめんだ。
　「おい、そう言えば剣はどうしたんだ、剣は！」
　セシルは何とか彼女の関心を反らそうと、思いつく限りのことを言った。だが彼女は、面倒くさげな表情を浮かべただけであった。
　「あああれ、パチモンだったわ。こんな風に隠してあったから、期待してたのに」
　「パチモン？」
　彼自身にも意外であった。てっきりエクスカリバーだとばかり思っていたのだ。
　「ほら、あんたの脇に落ちてるでしょ」
　何とかセシルが首をひねってそちらを見ると、彼のすぐそばに錆びた剣が転がっていた。柄の部分に、間違いなく「エクスカリバー」と読める『銘』が刻んである。
　「『銘』のある剣なら、手にして銘を言えばなんかしか反応するはずなのに、刻んであった銘を唱えてもうんともすんとも言いやしない。だとするとくたびれもうけの大損なの。となりゃもののついでにあんたのナニでももらわなきゃ気が済まないでしょ」
　しゃべっているうちに憤ってきたのか、エリスは彼のナニをむんずとつかむと、激しく上下にしごき始めた。
　「わっ！」
　ただでさえ高まっていた彼の性感は、この手荒い攻撃に、急速に増大していく。
　「やめてくれよ！」
　「ほらほら、一回イっちゃいなさいな。入れてすぐ終わりじゃ、もったいないわ」
　夢中になっているうちにサディスティックな気になったのか、エリスは更に激しく手を上下させた。
　もうだめであった。急速に高まる快感が、股間の根本から急速に先端へ上昇していく。
　「……！」
　屈辱と快感がない交ぜになり、絶頂が一筋の涙とともに放出された。吐き出された大量の精は派手に飛び散り、彼女の手や、床、さらに脇に落ちていた剣までをも汚していた。
　快感に屈してしまった自分が、あのときの、死に屈しかけ、そこを妹に助けられたあのときの自分にだぶる。
　怒りと悲しみが、セシルの中を荒れ狂った。
　「ほーら、いっぱい出た。だめよ、こんなにため込んじゃ」
　そんな彼の気も知らず、エリスは白い粘液に濡れた自分の手を彼の鼻先にかざした。
　「じゃ、次は本番だよ」
　その言葉と同時に彼女の手が、一度放出して萎えた彼の股間に伸びる。
　そのときであった。
　（汝は力を望みますか？）
　場違いな、妙に澄み切った美しい女性の声が、セシルの脳裏に響いた。
　しかしその驚愕も、再び伸びたエリスの手によって遮られる。媚薬のせいか、わずかな刺激が、急速に彼を高めていく。
　と、再びその声が頭の中に響いた。
　（汝が精により、今我は目覚めました。汝は望みますか？　我が剣の力を。我に眠る十二の力を、汝は欲しますか？）
　なんだか分からなかったが、どうやら自分に力をくれると言っているらしかった。
　普段なら、もう少し慎重に考えたであろう。でも今の彼にそれを望むのは無理であった。
　ただ今の苦境を逃れたい一心で、彼は答えた。
　「望む！」
　彼がそう答えた一瞬であった。洞窟の床、今まで隠されていた陣に、急速に魔力が満ちあふれた。
　「な、なに、きゃあああっ！」
　突如生じた白光に、エリスははじき飛ばされた。あわてて辺りを見回した彼女は、そのまま顎が落ちるのを止められなかった。
　剣が、宙に浮いていた。そしてその剣を中心に、白い光が球状の結界を作り出し、その中に愛しのセシルを包み込んだまま、次の瞬間には消失していたのである。
　「……何なの、いったい」
　誰もいなくなった洞窟の中で、エリスはぼんやりと口を開いた。
　剣にこびりついていた白い液が、妙に印象に残った。
　（なんか、銘のところにだけ付いてたみたいだったけど……）



２



　（またか……）
　再び飛んだ意識が、どうにか戻ってきた。頭がすっきりしてくると、自分が変なところにいることに気がついた。
　「どこだ、ここ……」
　そこは何もないところであった。ぼんやりとした白い光が、果てしなく広がる。発光する濃い霧の中にいるようであった。
　「大丈夫ですか？」
　「わっ」
　と、いきなり背後から声がして、彼はあわてた。とにかく振り向くと、またまたあわてる羽目になった。
　そこには美しい女性が、何も着けずに立っていた。年の頃は、自分よりやや上。十七．八という感じだ。すらりとした身体はメリハリはごくふつうだが、その分均整のとれたバランスを保持していた。そのせいか、全裸であっても女盗賊やエリスから感じたような圧迫感は感じない。セシルは顔が赤くなるのを意識しながら、視線を逸らして彼女に話しかけた。
　「あの、ここは、いったい……それに、君は？」
　「私はアリエス。あなたが望んだ、第一の僕です」
　「しもべ？」
　「はい。まだ完全にではありませんけど」
　セシルが訳が分からないと言う顔をしていると、アリエスは、ああ、という表情を浮かべ、そのあとにっこりとほほえんだ。
　「まだ事態が分かっていないのですね。でははじめから説明いたします。私はアリエス。強大な力を秘めた性剣セクスキャリバーの十二精の一人です」
　その言葉は、ただの音でなく、意味を伴ってセシルの耳に届いた。
　「性剣？　聖剣じゃなくって？」
　「はい」
　アリエスは、予想していたかのように頷いた。
　「あなたが私たちの本体である剣に男の証である精をかけたため、長き封印は解かれ、まずはこの私、剣の精アリエスが蘇りました」
　「剣の精？」
　「ええ、性剣セクスキャリバーは、剣の中に十二の特殊な魔力を持つ淫魔を封じた性霊剣。手にした者には盟約によってその力が宿る、きわめて強力な剣です。もっとも今のまでは、大した力がふるえませんけど」
　「ちょっと待ってくれ……淫魔？」
　淫魔と言えば、質の悪い魔性として有名だ。だとしたらこれは、れっきとした魔器である。
　「あ、やっぱり誤解していますね」
　しかしアリエスは、そんなことは予想済みといったような表情を浮かべていた。
　「ほんとに誤解されやすいんですけど、淫魔は本来、生殖を司る精霊で、善でも悪でもないんですよ。ただ貞操とか純愛とか言う概念が出てくると、悪だと言われやすいだけで。子供を作るのは生きとし生ける者の本能でしょ。それとも何ですか？　子供を作るのは悪だとでも言いますか？」
　「そんなことはないけど……」
　「つまり私たちは、そう言う生命の根元に直結した存在なんです。で、それを媒介として特殊な力を使い手に発揮させるのが私たち、性剣の十二精なんです。後はマスターたるあなたが、私たちと盟約を結べば、剣の力はあなたのものですよ」
「盟約……？」
　「はい。私たちに、使い手たるマスターの刻印を刻んで下さい。それが力の証となり、また通路となります」
　「っていっても、何すればいいんだ」
　セシルが聞くと、待ってましたとばかりにアリエスが答えた。
　「もちろん、セックスですよ。どうかマスターの熱い精を、私たちの中に存分にそそぎ込んで下さい。注がれれば注がれるほど、盟約は強固になり、私たちの力も上がるんです」
　「いいっ！」
　セシルは冗談抜きに息が止まりそうになった。淫魔だから平気なのかも知れないけど、いきなり、セックス？
　「そ、そんなこと言っても、いきなりそういうのは……」
　「あの……誰かに操の誓いでも立てているんですか？」
　「いや、そんなことはないけど」
　セシルがそういうと、アリエスは心底ほっとした表情を浮かべた。
　「良かった……」
　さすが奥手のセシルでも彼女の様子に気がついた。
　「あの、何か、あるの？」
　「ええ、私たちはマスターの僕。自由意志もありますし、必要ならばマスターに逆らうこともできますけど、ただ一つ、セックスの無理強いだけは出来ないんです。つまりどんなに望もうとも、私たちはマスターの許しがなければ、マスターに触れることすら出来ません。そしてマスターに拒絶されたら、私たちは消えてしまいます。死ぬのとはちょっと違いますけど、大して変わりありませんので」
　「ちょ、ちょっとまった！」
　「はい？　どうなさいました？」
　「それじゃ、僕が嫌だっていったら、君は死んじゃうの？」
　「説明するのは難しいんですけど……それに近いです。私のこの姿は、『核』……淫魔の魂みたいなものに、封印を解いたマスターの『精』が融合して今の私になっているんです。ですから別のマスターに仕えることになったときは、姿も性格も別人の『アリエス』となることになりますから」
　「つまり君は……僕専用って言うか専属って言うか……そういうものなの」
　「はい……ですから姿とかもマスターの好みに近くなる筈なんですけど……お気に召しませんか？」
　「そ、そんなことはないけど」
　むしろ、かなり好みだったのだが、セシルにはまだそれを言うのは無理であった。
　「でも……いいのかな」
　「ご遠慮なさらずに。私は一応淫魔ですよ。人の精をすすっていきる魔物です。どう扱おうとご自由に」
　そうはいっても、セシルにはアリエスは可愛い女の子というかお姉さんにしか見えなかった。しかもこのお姉さんは、僕とああいうことをしないと死んでしまう……どこまで本当のことなのかは彼には判断できなかったが、彼の直感は彼女が一つも嘘を言っていないことを信じていた。
　そしてセシルは、その直感に従うことにした。この二年間、トレジャーハンターとしての修行と実戦を、彼はこの直感に従うことでくぐり抜けてきたのだ。
　「アリエス……」
　意を決して、彼は彼女の名を呼んだ。
　「僕にはやりたいことがある。そのために僕は聖剣を捜してきた。そしてそのためになら僕は何でもする」
　「私を抱けば、そのための力が手に入りますよ」
　「うん、そういうことらしいね。だけど僕はあえて言う。君が仮初めなのかも知れないけど、自らの意志を持つ以上、僕はこういう。アリエス、力を貸してくれ、と」
　セシルがそういったとき、何故かアリエスの顔がまるで華開くかのように輝いた。
　「マスター！」
　思わずセシルに抱きつこうとした彼女であったが、何故か直前でその動きがぴたりと止まった。
　（これが、禁忌？）
　彼女の言っていたことは本当だったのだ。つまりこちらから彼女を抱かなければならない。けれどセシルは純然たるチェリー。聞きかじりの知識ぐらいはあるが、具体的なことはさっぱり分からない。少し悩んだが、名案がひらめいた。
　「アリエル」
　セシルが声をかけると、アリエスの硬直は解けた。
　「何ですか、マスター」
　「その、君を抱く、と言っても、僕は初めてだからよく分かんないんだ。だからマスターとして命ずる」
　「はい、なんな……」
　なんなりと、と言おうとしたところで、アリエスは思わず身体が硬直するのを感じた。
　セシルの目に、あまりにも強い光が宿っていたから。
　そしてアリエスの主人は、妙に重みのある声で言った。
　「おまかせします」
　「あ、あの」
　アリエスは絶句した。なぜなら、その言葉が意味するのは。
　「いいんですか！　それって魔導的な委任が生じちゃいますよ！　あたしがその気ならマスターを吸い尽くして殺しちゃう事すら出来ちゃうんですよ！」
　「もちろん」
　何故かセシルはそう答えていた。
　「だってホントにその気があるなら、そんな忠告はしないでしょ？　つまりは僕は大丈夫って事」
　「マスター！」
　再び抱きついてくるアリエス。しかし今度はその動きが止まることはなかった。ひしとセシルにしがみつく。セシルはそのかぐわしい匂いと柔らかな胸や腿の感触に、思わずうっとりとしてしまった。
　「分かりました。不肖このアリエス、マスターに誠心誠意を込めて、女性の抱き方を教えて差し上げます！」
　「うん、よろ……」
　彼の言葉は、彼女の柔らかな唇で遮られてしまった。



３



　キス、と言う行為自体が、セシルにとっても初めてのことであった。自分の唇に、別人の柔らかな唇が触れるというのは、それだけでどきどきしてしまう行為であった。
　それどころかセシルの口腔は、さらなる侵入者を迎えていた。熱くぬめるアリエスの舌が、彼の舌に絡みついてきた。
　自分の舌をアリエスのそれで擦られるのは、妙に気持ちが良かった。
　セシルの舌も、ぎこちないながらもそれに合わせて動き、アリエスの舌と絡み合った。
　「ん、んんっ、はあっ……」
　少ししてアリエスの舌と口はセシルから離れた。間近で見るアリエスの瞳は、潤んでいてとても美しかった。
　「今のが愛し合う者同志のキスです……お気に召しました？」
　「よく分からないけど……気持ちよかった」
　セシルは少しぼうっとなりながらも、そう答えた。
　「でもまだまだ序の口ですよ」
　そう言ってアリエスは、セシルの手を自分の方へ導いた。手のひらを手に取り、自分の首筋の辺りに触れさせる。
　「女性の体は、突き詰めれば全身が性感帯です。愛する男性に触れられていること自体が、とっても気持ちいいことですから。でも、いくら愛する男性の手でも、ぎゅっとつねられたり、思いっきり掴まれたらやっぱり痛いです。そういうのがいい人もいますけど」
　そしてセシルの手をすうっと軽く動かす。
　「基本はやっぱり、そおっと、軽く、触れるか触れないかぐらいからです。ゆっくり、そっと、なでるようにして下さい」
　「こ、こう？」
　セシルは彼女の首筋から方の辺りを、いわれたとおりにそっとなでた。
　「あっ」
　びくり、と彼女の体に震えが走る。
　「そう、そんな感じです。首筋や、腕、脇、背中、お尻の辺りは、そういうなでるさわり方が基本……です」
　そういうとアリエスはセシルをぎゅっと抱きしめた。肌と肌が触れ合い、胸の辺りではなにか柔らかい物がひしゃげる感覚があった。
　セシルもアリエスのことを抱きしめた。ふと思いついて、その手でアリエスの背中からお尻の辺りをそっとなでる。
　「はうっ」
　そのとたん、アリエスの口から悩ましげな声が漏れた。
　セシルの心臓がどきりと跳ね上がる。同時に股間の辺りがカッと熱くなった。
　「マスター」
　アリエスはそっと体を離し、再びセシルの手を取った。
　「そして、女の子を気持ちよくさせる最初のポイントが、ここです」
　その手を今度は豊かな胸元へ誘導する。
　「さわってみて……ください」
　「こ、こうかな？」
　セシルは誘われるままに、アリエスの胸を掴んだ。
　「あ……」
　しかし今度漏れた声には、ちょっとだが苦痛の声が滲んでいた。
　「すこし……強すぎます。その方がいい人もいますけど、もう少し、優しくお願いします」
　「ご、ごめん」
　あわてて謝るセシル。アリエスはそんなセシルの手を、もう一度導いた。
　「そう……そんな感じに、乳首を指の間に挟むように……柔らかく、そっと、揉んでみて下さい……あっ、そう、そのくらいで……」
　いわれるままにやわやわと手を動かすセシル。手にかえってくるぷにぷにした感触と揉み心地は、それだけで癖になりそうな気持ちよさであった。そしてアリエスの声にも、だんだんと熱がこもってきていた。
　「はあ……そんな、感じです。結構、お上手ですよ……ほら、もう私、こんなに……」
　そういいつつ、片方の手をそっと下の方に導く。
　股間の秘められた部分に誘導された指先に、熱く、ぬるっとした物が触れた。
　先ほどエリスにのしかかられていたとき、熱く潤む女性のその部分はどアップで見せつけられていたが、恥じらう女性の下半身がこうなっていることを実感するのは、それとは全く別の興奮を呼び覚ましていた。
　それはある種の征服欲。自分の目の前の女性が、自分の物であるという実感。
　セシルは自分の内に眠らせ続けてきた雄の欲望を、はっきり自覚した。それは所有の刻印。この雌が自分の物であると証明する、隷属の儀式。
　興奮の中、ふと目覚めた理性が、自分の内なる黒き欲望に慄然とした。心を萎えさせる後ろめたさが、ちらりと覗き込むようにアリエスの顔を覗かせた。
　その瞬間、なけなしの理性は消し飛んだ。
　潤みきったオンナの顔。
　いじめられることを待ち受けるような、男の欲望を刺激する表情。
　男に『こいつが誘ったんだ』と言い訳させるような、蠱惑の瞳。
　「ＵＯｏｏｏｏ！！」
　興奮のままに、セシルはそのままアリエスを押し倒した。
　ないはずの床に押しつけられるアリエス。
　そしてセシルは本能のままに、下半身を槍を突くようにアリエスのその部分に押しつけた。
　猛り狂った男の証は、狙いも付けていなかったはずなのに、するりと鞘に収まった。
　柔らかいものにソコが包まれたのを感じたと同時に、セシルにはなにも見えなくなった。
　ソコからわき上がる快感を得るために、ただひたすら腰を動かし続けた。



　瞬く間に絶頂に達した快楽と共に、果てしなく大量の精が、いつもの何倍もの勢いでセシルの股間から打ち出された。



　あまりに激しい快感に、しばらくセシルの頭には白い霞がかかったままになっていた。それがだんだん収まってくると、暖かくて柔らかいものの上に自分が頭をのせていることに気がついた。
　「ん……」
　少し首を動かすと、綺麗な色をした、丸くてとんがったものが見えた。
　矛盾しているな……などということが頭に浮かんでは消えていくうちに、それが何であるかが唐突にひらめいた。
　女性の乳首であった。
　それに気がつくと同時に、急速に理性が復帰した。
　セシルはアリエスの胸を枕に寝ていた。
　「わわっ！」
　あわてて飛び起きる。そして彼女から離れると同時に、自分が獣のようにアリエスを犯したということが記憶に戻ってきた。
　「ご、ごめんっっ！！」
　そのまま前も見ずに土下座して頭を米つきバッタよろしく上下させる。
　そんな彼の頭上から降ってきたのは、クスクスという微かな笑い声であった。
　「ビックリしました？　ご主人様」
　土下座のまま顔を上げたセシルは、その場で固まってしまった。
　慈母の笑みを浮かべたまま、アリエスはこちらを見ている。
　どう見ても犯された女性の態度ではなかった。
　何故か一回り綺麗に見える身体を隠しもせず、セシルの前にちょこんと正座する。
　「あまり過去に捕らわれすぎない方がいいですよ、マスター。黒い情念をあんなにため込んでいては、いざ復讐の相手を目の前にしたとき、怒りで判断を誤り、返り討ちにあうのが関の山です」
　「え……」
　セシルはまだ何を言われているのか分からなかった。
　「しかもそれが傷になって、男性としての正常な欲望まで抑圧していました。マスター、ここしばらく、オナニーすらろくにしていなかったでしょう」
　「そ、そういえば」
　うら若き乙女の口から、『オナニー』などと言う刺激の高い言葉が出たショックで、セシルの理性も何とか活動を開始した。
　確かにいわれたとおり、あの日より三年間、オナニーはおろか、夢精すらろくにしていないことに気がついた。
　自分が若い男であることを考えれば、明らかに異常である。
　アリエスはセシルの表情が普通に戻ったのを見定めてから、再び話し始めた。
　「マスターが私に心を全開で開いてくれたおかげで、私にはマスターの内側にしこっていた黒い塊が見えました。僕としても、そしてもう一つの本性である剣精としても、決して見逃しておけないものです。で、僭越ながらちょっと誘惑してしまいました。初心者のマスターには、ちょっと刺激が強かったかも知れませんが」
　「じゃあ、さっきの僕の狂態は……」
　「はい。魔法、とかじゃなくって、淫魔としての媚態で、マスターの意識を加虐的な方向に誘導しました。マスター自身が能動的に解放しない限り、取り除けないタイプのものでしたので。でも一度認識すれば、もはや暴走する心配はありませんわ」
　セシルは悟った。自分の中に、押さえきれない復讐の念が荒れ狂っていたことを。それは三年の時を得ても風化するどころか、ますます凶暴になっていたことを。
　そしてそれが自分すら滅ぼしかねないところまで育っていたことを。
　アリエスはそんな自分の狂念を、わざと犯されることで浄化してくれたのだ。
　そう思った瞬間、セシルはアリエスを力強く抱きしめていた。
　「……ありがとう」
　それしか、言葉は出なかった。
　アリエスもまた、セシルから放出される念に、なかば酔っていた。
　「マスター……不肖、剣精アリエス、誠心誠意を持って、お仕えさせていただきます」



４



　しばし後、何となく照れ臭くなってセシルがアリエスを放すと、アリエスはなにやら呪を結んだ。
　すると異空間が落ち着いた部屋に変わり、アリエスもセシルも着衣した姿になった。セシルは今までの自分の服装、アリエスは東洋風の胴着であった。
　「マスター、盟約の義、つつがなく完了し、名実共に、私、アリエスはセシル様の僕になりました」
　床に敷かれた絨毯の上で、拝謁の礼を取るアリエス。
　「つつがなく、とはいえないかも知れないけど」
　照れながらセシルは言った。
　「いえ、お構いなく。極端な話、どんなに手ひどく強姦されても、私達淫魔には全て糧にしかなりませんから。人が理性を手に入れ、自然の理を超えて自らの意志で生殖活動を行い始めたとき、私達淫魔は誕生したんです。生殖の本能と快楽を求める理性の狭間で。ですから私達は、それが生殖本能に結びついた快楽……つまりセックスにかかわる行為である限り、いかなるものでも受け入れられるんです。淫魔の剣精なんていうある意味変なものが生まれたのもそのせいです」
　「そういえばそうだよね」
　セシルも思った。性を司る淫魔と、戦いを司る剣精は、どう考えても普通結びつかない。
　「殺人淫楽症……とでも名付けられる心の病があります」
　そういうアリエスの声に、少し寂しいものが混じったことに、セシルは気がついた。
　「人の心には、辛いこと、苦しいことが耐えきれる限度を超えると、何とかしてそれを逸らそうとする自衛能力があります。そんな中に、苦痛を快楽に転換するっていうものがあります。私はそんな心のひとつ。心が壊れ、剣を相手の肉体に突き刺し、命を奪うという行為が、自責の念から性的快楽に転じる。そういうある種歪んだ快楽から私の『核』は生まれました」
　セシルの心の目に、妹を奪った女盗賊の肉体を引きちぎり、その死体を犯しながら快楽に震える自分の姿が映った。
　それは決して幻想とは限らなかったのだ。
　「もしそのままの私が文字通りの『魔』となったら、私は人を殺すことを快楽と変える、最悪の魔性になっていたと思います。幸いそうなりきる前に、この剣にくくられることで、私の魔性は昇華されました。淫魔としての性と、殺人を行うために磨きぬかれていた技を分離し、独自に制御できるようにしていただいたおかげで、殺戮を快楽とする魔性から、淫魔の剣精へと変わることが出来たんです」
　セシルは目の前の淫魔が、何故自分の内に眠っていた黒き念を浄化できたのか理解できた。ある意味できて当然だったのだ。
　「マスター」
　ぼんやりとそんなことを考えていたセシルに、アリエスはやや強い声で言った。
　セシルもあわてて注意をアリエスに戻す。
　「そして今、マスターの精をいただくことによって盟約は成立しました。マスターが私の宿る剣、『性剣セクスキャリバー』を振るうとき、マスターは私の内に宿った剣の技を自分のもののように振るえます。ただ、技の中でも特に高度な『秘剣』と呼ばれるものは、まだ完全には使いこなせませんが」
　「どうすれば使えるんだい？」
　セシルがそう聞くと、アリエスはちょっと顔を赤らめていった。
　「二つのことをしていただく必要があります。一つはマスター自身が剣を振るい、戦いに慣れること。秘剣は高度な技だけに、振るうマスターの側にもそれなりの体力と技術が要求されます。私のバックアップにも、限界はありますから。もう一つはもっともっと私との繋がりを深くしていただくこと……たくさんの精をいただいて、マスターとの繋がりを深くしないと、充分な力をマスターに与えられないんです」
　「僕はもう、君の虜みたいだけど」
　セシルも顔を赤くしてそう答えた。と、いきなりアリエスの顔が真顔になった。
　「いけません、マスター！」
　「え？」
　今までの甘いムードはどこへやら、一転して武人の厳しさをアリエスは表に出していた。
　「今のマスターは、初めての快楽とたまっていた怨念の浄化によって、一時的に私に心が傾いているに過ぎません。お気持ちは嬉しいですが、一時の気の迷いで心を揺らさないで下さい」
　「そんな……」
　百年の恋も冷めそうな厳しい語調であった。
　「それに、マスターには成し遂げて貰わなければならない使命があります」
　「使命？」
　怪訝そうな顔で聞くと、はい、とアリエスは言い切った。
　「これはマスターの望みを叶えるために必要なことでもあります。私との盟約により、確かにマスターは強力な剣戦闘能力を得ました。しかし、まだそれだけです。ただ強いだけでは、マスターの望みを叶えられるとは限りません。傷を負ったらそれまでですし、妹さんのいる場所によっては侵入工作をする必要があるかも知れません。その場所も徒歩では行けない場所かも知れませんし、妹さんも魔法や薬物で心を汚されているかも知れません。そんな妹さんを手中にしても、『助けた』といえますか？」
　「そ、それは……ちょっとまった！」
　それはセシル自身が漠然と抱えていた不安であった。あの時より、セシルが人生をトレジャーハンターに定めたのは、『聖剣を得る』という目的に加えて、『妹』という宝を取り戻すために、この修行が役に立つかも知れないと思ってのことだった。
　そして多少変わってはいたが、聖剣、と言っていい武具を手に入れた今、セシルの心は逸っていた。そこを剣精という、落ち着いた精神を持つアリエスに指摘されたのは、まあ当然のことである。
　だが彼女は何といった？
　彼女は何かの『使命』を果たさねば妹は取り返せない、と、そう指摘した。
　だが逆に言えば、それは……
　「すると何か？　その使命を果たせば、妹がどんな状態だろうと……汚されていようが、発狂していようが、地獄に封印されていようが、『助けられる』っていうのか！」
　「ええ、もちろん。身体が残ってさえいれば、たとえ死んでいても助けられます。もちろん、あなたの知っているとおりの妹さんを、傷一つ残さずに、です」
　アリエスはあっさり頷いた。
　「それこそが１２の力を秘めし、最強の性霊剣、『セクスキャリバー』の力です。今の私にはうろ覚えの記憶しかありませんが、前のマスターは、世界を手中にしましたよ」
　「英雄王カッシュ！」
　さすがのセシルも開いた口がふさがらなかった。
　「確かそういう名前でしたっけ」
　「でも……英雄王が持っていたのは、エクスカリバーっていう聖剣だったはずだぞ？」
　セシルがそういうと、アリエスは、ああ、と小さくいって、手をぽんと叩いた。
　「封印が誤解されたんですね？」
　「誤解？」
　「ええ、これは最後だから憶えてますけど、マスターが私達を封じるとき、剣の『銘』を削ったんです。万が一封印が解けても、真の封印の解き方がばれないようにって。で、『ＳＥＸＣＡＲＩＶＥＲ』の頭の一字を削っちゃったんです」
　「それで『ＥＸＣＡＲＩＶＥＲ』って名が伝わったのか……」
　「納得しました？」
　セシルは首を縦に振った。
　「それで、使命って？」
　アリエスは嬉しそうにその使命を説明した。逆にセシルは思いっきり頭痛を抱え込むハメになった。
　「この世界のあちこちに、私と同じ特殊な力を持った淫魔があと１１人封印されています。それを全て解放し、私同様盟約を結んで下さい。１２の力全てがそろったとき、マスターは神に等しい力を得ます。妹さんがそんなに酷い目に遭っていなければ、半分くらいで大丈夫かも知れませんけど」
　「１１人？！」
　「そうです。いろんな人がいますよ。まあ、私同様、姿はそれぞれ変わるとは思いますけど、核は一緒ですし」
　「で、あと１１人、『盟約』を結ばなきゃいけないわけ？」
　「当然です」
　「おまけにアリエスの例からすると……完全に力を発揮するには、一回きりって訳にはいかないんだよね」
　「……まあ、その方が確かですね」
　「……身が持つかな」
　「大丈夫だと思いますよ。さっそく出発の準備をしましょう。取りあえず、『ピスケス』と『タウラス』の二人の封印場所は、私が知っています。というか、この二人を解放しないと、そもそも探索が出来ませんし」
　「ピスケスとタウラスだね」
　セシルが確認すると、アリエスは大きく頷いた。
　「ピスケスは盗賊淫魔。彼女の力を得れば、どんな鍵でもないも同然。純魔法的な封印以外は何でも開けられます。タウラスは乗騎淫魔。彼女の力を得れば、馬どころかドラゴンですら手なずけて乗騎に出来ますよ」
　セシルは英雄王がドラゴンライダーでもあったことを思いだした。
　「実際みんなの封印はピスケスがいないと解けないと思いますし。では、そろそろこの結界空間を解きますね」
　「うん」
　セシルがそういうと同時に、彼女の姿が霧のようになり、傍らの剣に吸い込まれていった。と、剣は誰も触れていないのに浮き上がり、セシルの目の前で静止した。
　ぽろ、ぽろ、ぽろ……
　剣に浮いている錆が、見る見るうちに剥がれていく。そしてわずかばかりの後に、あまりにも麗しい剣が出現していた。やや長めの刀身を持つ直刀。鞘は飾りのない実用的なもの。柄は片側に『銘』が、もう片側には大きめの丸い３つのへこみがあった。
　「これは？」
　セシルが見ていると、頭の中に声が響いた。
　（今はまだ必要がありませんが、この先みんなを解放していくにつれて必要になってきます。剣の力を安全に使うための仕掛けだと思って下さい）
　「分かった」
　セシルがそういうと同時に、結界は消えた。



５



　「わっ」
　その光は、剣と共にセシルが消えたときと同様、唐突に出現した。
　それが収まったとき、エリスはセシルが無事に立っていることに気がついた。
　「大丈夫だった？　どうしたの？……ああっ！」
　矢継ぎ早に質問をぶつけていたエリスは、セシルの手に握られている剣に気がついた。錆びていた剣とは似ても似つかないものだが、それがあの剣であることを、エリスは直感的に理解した。
　「セシル！　それさっきの剣でしょ！　どうしたの、いったい！」
　「エリス、僕は欲しかったものを手に入れたよ」
　そう答えたセシルに、エリスは一瞬見とれてしまった。
　そこにいたのは、エリスの知る『いじいじした美少年』ではなかった。
　人生の目的を定めた『美形の男』であった。しかももろエリス好みの。
　エリスは思わず登ってくる血を根性で押さえ込みつつ、豪快に啖呵を切った。
　「セシルっ！　詳しいことは分かんないけど、それ手に入ったのはあたしのおかげでしょ！　分け前よこしなさいよ、分け前」
　半分は照れ隠しだったのだろう。怒鳴っているうちにすっかり顔に血が上ってしまった。
　さすがに物が『銘』入りの武具だけに、それをよこせ、とはいえなかった。
　セシルはエリスの前で一瞬困った顔を浮かべ、続いて困惑の表情を浮かべた。
　「？」
　エリスが何事かと思っていると、セシルは心臓が跳ね上がるような涼やかな笑みを浮かべて、エリスの元へ近づいてきた。
　そしてエリスのすぐそばに立ち止まると、エリスのことをじっと見つめた。
　小柄なセシルはエリスとほとんど同じくらいの背丈しかない。自然に目と目があった。
　エリスは心臓がばくばくいいだすのを止められなかった。
　「ごめん、分け前、って言われても、今の僕にはお金もあんまりないんだ。これはお金に出来ないし。だから、これで我慢してね」
　そういうと同時に、セシルの身体が半歩前に動いた。と、あっというまに抱きすくめられ、軽く傾げられた頭がさらに接近する。
　次の瞬間には、唇が重なっていた。その次の瞬間には、舌と舌が絡まっていた。
　セシルが離れたとき、エリスはその場でぺったんこ座りをしていた。
　頭がぼうっとしたまま、なにも考えられない。
　股間はびしょびしょだった。
　理性が戻ってきたとき、既にセシルは出ていったあとだった。
　「なんなの……いったい」
　最初はそう呟くのが精一杯であった。
　やがて自分が何をされたかが染みわたって行くに連れ、轟然とやる気がわき上がってきた。
　「セ〜シ〜ル〜、何があったか知れないけど、随分と気持ちいい、じゃなくて、なめまわして、でもなくって、えと、舐めた真似してくれたじゃないの！！！　こうなったらとことん付き合って上げるわよ！　この『毒蛇のエリス』の二つ名にかけてね！」
　そう叫んだとたん、股間からつーっと流れでるものがあった。
　エリスはあわて手荷物の中から着替えを引っぱり出した。



　「アリエス、あれで良かったの？」
　（淫魔の言うことは信じて下さい、マスター。これでしばらくは、彼女がマスターの邪魔をすることはないと思いますわ。邪魔は）
　「なんか引っかかるけど……まあいいや」

　稀代の性霊剣を腰に下げ、今旅は始まった。行く手に待つのは何か。
　後にとある偉大な二つ名でたたえられる少年の冒険は、まだ始まったばかりである。






　性霊剣の戦士　第１話　終

　次回　第２話　「ピスケスとタウラス」をおたのしみに。